ふと思った事
生雲での日記を読み返す機会があった。
我慢や抑圧によるものではなく、
まるで柿が枝から落ちるかのように。
意志による試みではなく、試みではないまま、
物事を起こす事は可能だろうか。
私は可能だと感じている。
起きているものごとの確かな只中に、
ふっ と身を預ければよいのだから。
それはまるで電球が切れてしまうか、
崖が足元から消え去るかのように。
見えなくても、眼には映っている。
剣は、振らなくても、振っている。
その方が、私には本当の事なんじゃないかと思える。
綺麗か、美しいかもわからない方が、
綺麗で美しいような気がしている。
そうしてみて、試みですらその内にあったかと安堵し、
冷や汗をかく。
2019/1/5 久保 真礼